~ひとが投資をするとはどういうことか~
自己形成のための資産形成
人生をデザインする”お金のデザイン”

ー研究を申し出た経緯ー
廣瀬) 京都大学との共同研究も二期目の終盤を迎えまして、出口先生と渡邊先生と私の鼎談を設定させていただきました。今期の大きなテーマは、「ひとが投資するとはどういうことか」というものでした。
そもそも、みなさん長期投資っていうのがなかなかできない、ということがあります。それで、世の中では、金融リテラシーが足りないからだと言われるんですけども、そうではないんじゃないか、ということがあってですね。
そもそも、資産運用の資産って、お金なんですか? それって自分自身のことじゃないんですか? そのためにお金が必要だっていうだけの話じゃないんですか? ということで、いわゆる長期投資っていうのは、人生投資と実は変わらないんじゃないか、というふうに思ってですね。
そうすると、自分に対する投資ってことは、お金を貯めることだけじゃなくて、お金を使うことだって資産形成なんだと、自分を育てるための資産形成なんだっていうふうに捉えるようになれば、資産形成というものについて、もうちょっと前向きな形で考えることができるんじゃなかろうか、というようなことを考えた、というのが研究を申し出た経緯であります。
ーひとは何に投資しているのかー
廣瀬) われわれの業界でよくいわれることとして、ゴール投資っていう言葉があります。投資をするにあたって、家を建てるためとか、車を買うためとか、何かに使うためっていうような目的や目標、ゴールを設定しましょうということなんですけれども、それはゴールではなくて、過程でしかない。
なぜ家を建てたいのか、なぜ車が欲しいのかっていうのが、実は裏側にあって、家族と一緒に過ごしたいからとか、そういうことを自分で分かっていて行動するのであればいいんですが、そうでないことも多い。
金融機関っていうのは、あまりにも具体的なことを言い過ぎなんです。ぼわっとしたことを言う、本能直感的なものを口にするのは難しいことなんですけど、やっぱり各々がちゃんと考えた上で投資をしないと、誰もがみんな家を買うからとか、そういうのが目的になるっていうのもおかしな話なので。そこをちゃんと筋道を立ててやりたいなっていうのが、一つのきっかけでありました。
人生形成っていうのは、みんな否応なしにさせられるわけですが、資産形成はなぜかやめることができちゃうんですね。よくあるのは、相場が下がったからやめちゃうとか。人生形成と資産形成は、本来、表と裏の関係にあるはずなのに、なぜか分離して話されている。自分がこう生きたいということと、まったく乖離している状況だと思うんですね。
それから、第二期の研究の中で、預金と投資って何が違うんだろうっていう議論をしたことがありました。その時に重要だと思ったのは、自分のどのステージを対象にして投資をしているのかということです。
今の自分を大切するんだっていうことであれば、元本保証のある預金がふさわしいっていうことにもなる。でも、将来の自分のことを考えるっていうことになれば、預金が果たして将来の自分のためになる方法なのだろうか。
例えば、伝統工芸をやる人は、毎日の生活が安定していることが重要です。生活が安定していれば、仕事に打ち込むことができるし、また高齢な師匠の技能をできるだけ早く継承、維持、伝授していける。といった今の重要性を考えると、その人たちには預金がふさわしいんだと思います。投資は合わない。今の自分の能力を十分高めていく事が人生での最優先課題であり、それこそは自分という資産の最大化なのです。それが結果的に自分の分身となるお金という資産の成長につながるのだと思います。
一方で、先端事業に関わっている人、例えばAIなんかに関わる人は、知識のストレッチがものすごく効くので、同じ十年でも進み方と深さがまるで違っていて、そうなると、十年後の自分を育てるための学習コストって、えらく高くつくかもしれない。となると、預金していただけでは、それでは十分ではなく、足りなくなる。投資をして、社会の成長の力を借りて、それに近いところまで増やさないと、学習コストが払えないということになります。
人は、どういうステージの自分のことを考えるのかっていうことと、そもそも自分がどういうことをしたいのか、どういうことを望んでいるのかということによって、資産の管理や運用の仕方が変わってくるわけです。
ー自分なりの価値を自分で作るー
廣瀬) 今回、研究の中で、結構な重要な概念として、エネルゲイアとキネシスっていう話が出たんですけども、金融機関は、目的や目標と期日を設定しましょうと、いわばキネシスの方を強調しがちなんです。でも一方で、目的は決まらないけどこういうふうな生活をしたいっていうような、いわばエネルゲイアというか、毎日の生活や行動を大切にするっていうのも、意外に重要なんじゃないかと思うんですね。
例えば子どもが成長するときに、立って歩けるようになったら、見えるものが変わってくるし、認識できるものもボヤッとしたものがクリアになったり、自分の能力が伸びると出来ることも考えることもどんどん変化する。それと同じように、資産形成も、資産が大きくなると、それまで出来なかったことが出来そうだなってなったりするわけですよね。
そういう意味では、生きるっていうことと、投資するっていうことを、どうするかっていうのはとても大切なことで、預金であれ投資であれ、やらないといけなくて、目標が高くて目標と今の自分のキャパシティの差があればあるほど、自分のためになるような投資を、30年間とか、しないといけない。
ということで、今回、それをみなさんごとに識別するために、ライフ・インテグレーターという尺度を作って、あなたは何を大切にしている人なんですか? というようなことを第一期でやったわけです。
それを具体的に商品に紐付けて、お客さまに、あなたはこうなんですね、だからこういう運用の仕方をすれば、あなたに合っているんじゃないですかね、っていう提案をするということをしたい。
世の中の流れに流されずに、ぼわっとしたもの、本能直感的なものであっても、自分の独自の世界というものを持って動いていくというのは、重要なんじゃないかなと思って、こういう研究をさせていただきました。
それで、こういう話をすると、ああ、それって自己啓発に近いですよね、ということ言われるんですけども、似て非なるものでありまして、自己啓発っていうのは、どうも日本とアメリカだけにもてはやされている話で、それ以外の国では自己啓発の本は売れないらしいですね。
おそらく、自己啓発っていうのは、自分自身が成長するために、社会とか会社に順応しながら自分を変えていくものなんですけども、われわれがこの「しあわせ」のファクターでやろうとしているのは、他人の為ではなくあくまでも自分自身の自己啓発であって、自分なりの価値を自分で作る、ということです。
そのために、渡邊先生とのセッションのところで出てくると思いますが、今回、ナラティブを作ることにもチャレンジしました。ライフ・イングレーターを使ってお客さまの属性を数値化して、それを飲み込みやすいように、AIを使ってナラティブを生成して提示したい。4月以降、会社のプロダクトに実装化させるべく、準備を進めているところです。
ートートロジーを超えるー
出口) 私が考えている哲学観、私がやろうとしていることのポイントは、一つは、価値の提案ということです。そして、もう一つは、価値の外在化であるというふうに言ってもいいかもしれません。
外在化とは何か。外在化の逆は、自己目的化と言いますか、トートロジー。何のために資産形成をするのか? 資産形成をするためです。何のためにお金を貯めるんですか? お金を貯めるためです。といったように、堂々巡り、ぐるぐる回っちゃうというようなことが、ありがちだと思います。何のために生きているのか? っていうことに対しても、われわれは、ぐるぐる回り、トートロジーでしか答えられなくなっている。
そうなると、続かないわけですよね。そうすると、いろんなきっかけとか、目の前の挫折があれば、そこで終わってしまう。
社会全体にモノや情報が溢れていて、明らかに豊かになっているんだけれども、ウェルビーイングとか「しあわせ」が向上しているとは思えないといった状況とも、リンクしているというふうに思いますね。
それに対して、哲学は、今、何かアクションを起こさないといけないということで、いろいろな場面で必要とされていると思うんですけれども、そういった、何のために生きているのか、といった大きな話から、何のためにお金を貯めるのか、何のために資産形成をするのか、ということについて、お仕着せのものではなくて、自ら選び取ってもらうためのオプションと言いますか、フォーマット、プラットフォームのようなものを用意する。といったところで共同研究が行われてきたんだなというふうに、廣瀬さんのお話を聞いて、あらためて思いました。

ー人生をデザインするー
廣瀬) そもそもうちの会社は、お金を貯めて人生をデザインする、っていう意味で、お金のデザインっていう名前をつけたんですけども、デザインという言葉は、お金にあまりそぐわない言葉なのかもしれません。通常は、お金はデザインするものではなくて、ただ貯めるものであるっていう話で。でも、僕はお金はデザインするもので、人生をデザインするのと全く同じだと思っていて。けれども、金融機関としては、お金をデザインするとか、人生をデザインするというのは、若干傲慢さがあるような言い方なのかもしれないなと思ってそこまで言う事を躊躇されているのだと思います。
でも、具体的なゴールの設定は、人生を矮小化していることになりはしないか? それぞれのひとに人生哲学があって、それに沿ってお金を使う、あるいはお金を貯める、ということがあるべきなのに、哲学がないのに家を建てませんかっていうのは、僕からすると、人生を矮小化してんじゃないかという気がして、僕自身は、どちらかというと金融を扱ってるけど、大事なのは人生形成だよねっていうことで、情報とか教育とか、そういったインベストメントサービスの方に行くべきなのかなというふうに思っています。
ー投資とSelf as Weー
渡邊) この共同研究では、出口先生のSelf as Weの考え方が、陰に陽にと言いますか、いろんなところで議論の中に入ってきて、第一期のプロダクトとしてライフ・インテグレーターを作るために、「しあわせ」のファクターというものを整理するにあたって、「わたし型しあわせ」だけではなくて「われわれ型しあわせ」っていう考え方もあるんじゃないかという提案がなされました。
それで、第二期の研究では、投資っていうのは、自分のお金を誰かに「委ねる」ことなんだと。その誰かというのは、単に投資する先の会社の事業だけではなくて、経済や社会のシステムを成り立たせているような制度であったり、システムに自分がエンゲージしていく、システムそのものに自分が関与してその一部となっていくんだっていうような議論もしました。
こういったものが出てくるっていうのも、出口先生を代表として研究をしてきた、一つの特徴であると思うんですね。
もちろん、共同研究ですから、何か特定の金融サービスを開発することが目的ではないし、お金のデザインをプロモーションすることが目標でもない。とはいえ、廣瀬さんご自身は、「We」であったり「われわれ性」であったりと、投資というものの本質的な関わりについてしっかり考えたいと。そして、会社で働いている仲間であったり、お客さんであったりに、そういったことを伝えていきたいという考えを持っておられるんだと思いますし、僕も個人的に、そうなったらいいなっていう気持ちがあります。
そういった、「We」「われわれ性」「委ね」といったところを、今後、ビジネス的にどういうふうに展開していくのか、あるいは、ご自身の言葉でどういうふうに伝えていきたいのか。そのあたり、どんなことを考えておられるのかをお聞かせいただければと思います。
ー地に足の着いた投資ー
廣瀬) 最初に、Self as Weという言葉を聞いて、そうだよなと思いました。軽く、そうだよなって思ったんです。ところが、研究をやっていくうちに、投資というのは人に委ねるということなんですが、委ねるって言っても、いろんなプロセスを経ているってことに、あらためて気がついたんです。
有価証券に投資するっていうことは、投資する場所があるということなので、東京証券取引所があったり、取引を良いものにするためのルールがあって、証券取引等監視委員会があったり、金融庁があるわけですよね。
最初は、なんだ、いろんなが規制ありすぎだよな、と思い込んでいたのが、考えようによっては、われわれ全員が投資しやすいようなインフラを作ってくれているんだなっていう風に思うようになるわけです。
結局、自分の資産を形成するのも、自分一人ではできないわけですし、これが儲かるからって言っても、そもそもその土台が崩れたりすると、資産形成や人生形成も成り立たなくなる。こういったことにあらためて気づいた時のSelf as Weは、また違ったものになっていたということなんですね。
だから、僕自身もどんどん変化していったんですけども、このテーマだったら儲かりますよっていっても、このテーマで儲かるためにはこういうインフラがないとダメだよねということになって。視点がもうちょっとこう下に下がってですね。ものの見方が、ひいては投資についての考え方が、地に足の着いたものになってくる。そういった変化が自分に生じたという意味でも、この研究は僕にとって大きかったと思います。
ー金融リテラシーは要らないー
廣瀬) お客さんから、リスク許容度って何ですか? ということをよく聞かれます。でも、リスクを取れるのか取れないのか、どれだけ取れるのかなんて、なかなかわからないわけで。わかるのは、さきほどから申し上げている、自分がどうしたいのかっていうことと、自分のキャパシティがどのくらいあるのかということについて冷静に考えるしかない。それで、そのギャップをどうやって埋めようかっていうときに、一つ手段としてあるのが資産形成だと僕は思ってます。
ギャップが小さい人っていうのは、価値の変化があまりないというか、この人たちにとっては毎日生活していくことが重要なので、複利効果があると言っても先の長い投資はボラティリティがありますから、むしろ投資はよろしくないんだと思ってます。逆にギャップが大きい人は、投資をしないといけないということなので、自分の目的としているものと自分の置かれてる立場、キャパシティをよく見て、ギャップを埋めるためにどうすればいいかを考えればいい。この人たちにとっては、そのギャップをちゃんと見てあげるっていうことがリスク許容度を決めるうえで重要なのかなと思っています。
金融リテラシーは複雑化しすぎていて、言葉を弄遊びすぎてるなっていう気がしていて、そもそも金融リテラシーなんて要らない。むしろ人生をどうしたいのか、どうすべきなのかということを考えた方が早いんじゃないかっていうふうに思っていて、それをベースにこの会社のビジネスを考えたいと思っているんです。